親が施設に入り、実家に誰もいなくなった日から、「家はこのままでいいのだろうか」という迷いが始まります。
ネットには「早く売らないと認知症で売れなくなる」という記事が目立ちますが、家はまだ親の家で、親は施設で暮らし始めたばかりです。
急ぐのは火災保険の通知と親の判断能力があるうちの確認の2つで、それ以外は最初の訪問でやる安全確保から順番に進めれば落ち着いて済ませられます。
親の施設入居で実家が空いたときの初動の全体像
初動は3つの作業に分かれ、売るか貸すかの判断はその後に回します。
- 初動は安全確保・親への確認・契約と郵便の3つから始める
- 売るか貸すかの判断は初動の後に回す
初動は安全確保・親への確認・契約と郵便の3つから始める
初動でやることは、大きく3つに分かれます。
- 家を無事に保つ。火と水を止め、腐るものを片づけ、鍵と連絡先を押さえる
- 親に確認する。戻る意思、家と土地の名義、権利証や通帳の場所を本人から聞く
- 契約と郵便を整える。電気やガスを「残す」「止める」「空き家向けに変える」に仕分けし、郵便と納税通知を子の手元に集める
1つ目は最初に家へ入った日に済ませる作業で、2つ目は親の判断能力がはっきりしているうちに済ませておきたい作業です。3つ目は、最初の1〜2週間で順番に進められます。
この3つが済むと、家は「誰も見ていない空き家」から「子が管理している親の家」に変わります。空き家のトラブルの多くは、この状態を作らないまま放置が続いたときに起きています。
売るか貸すかの判断は初動の後に回す
「早く売らないと認知症で売れなくなる」という言い回しは、半分は本当で、半分は売る側の論理です。
本当の部分は、親の判断能力が下がると、家の売却に成年後見人と家庭裁判所の許可が必要になる点です。判断能力があるうちに「家をどう任せるか」を親と決めておくことは、たしかに急ぎます。
一方で、売ること自体を急ぐ必要はないと考えられます。親は入居したばかりで、施設が合わずに戻る可能性も残っています。家は親の財産で、子が勝手に売ったり捨てたりすることはできません。
不動産会社の無料査定も、相場を知るには役立つ一方、受けた瞬間から売却の営業が始まります。売る・貸す・残すの判断は、安全確保と契約の整理が済んでから、落ち着いて考えてみてください。
空いた実家の安全を確保する手順
最初に家へ入った日は、火と水を止め、腐るものと火事の元を片づけ、鍵と連絡先を押さえる順で進めると、1回の訪問で終わります。
- ガスの閉栓と水道の元栓で火と水を止める
- 冷蔵庫・灯油・ろうそくなど腐敗と火災の元を片づける
- 鍵の本数と預け先を把握する
- 郵便受けと外観から留守と分かる印を消す
- 近所と自治会に管理者の連絡先を伝える
ガスの閉栓と水道の元栓で火と水を止める
最初に家へ入った日に、まず火と水を止めましょう。
ガスは、元栓を閉めただけでは契約と基本料金が続きます。ガス会社に電話かインターネットで「使用停止(閉栓)」を申し込むと、メーターのところで止めてもらえます。
水道は、宅地内の止水栓(元栓)を閉めておくと、漏水と冬の凍結破裂を防げます。誰もいない家で配管や給湯器から水が漏れると、気づくまでに床が傷み、水道代もかさみます。
ただし水道は、月1回の通水のために契約を残すことが多い設備です。管理で通うたびに元栓を開けて水を流し、帰るときにまた閉める使い方になります。
電気は、この段階ではブレーカーを落とさないでおきましょう。落とすと冷蔵庫も、給湯器の凍結防止ヒーターも、防犯用のセンサーライトも止まります。何を残すかを決めてから触ると安全です。
冷蔵庫・灯油・ろうそくなど腐敗と火災の元を片づける
次に、放っておくと腐るものと、火事の元になるものを片づけましょう。
冷蔵庫の中身は、その日のうちに持ち帰るか処分しておくと、臭いと虫を防げます。空にした冷蔵庫は電源を抜き、扉を少し開けておけばカビがつきにくくなります。
火事の元になるものは、次の実物を一つずつ確かめてみてください。
- 石油ストーブとポリタンクに残った灯油
- 仏壇のろうそくと線香
- 古い延長コード、電気毛布やこたつのコンセント
- 玄関まわりの段ボールや新聞
灯油はポリタンクごと処分するか、ガソリンスタンドに引き取りを頼みましょう。コンセント類はすべて抜いておけば、漏電の心配が減ります。
放火されやすい家には「郵便物がたまっている」「庭や玄関に燃えやすいものが置いてある」という共通点があります。段ボールや新聞も同じ日に片づけておくと、狙われにくくなります。
鍵の本数と預け先を把握する
鍵は、思っているより多くの場所に散らばっています。
- 親が持っている分
- 親が施設に持ち込んだ分
- ヘルパーや近所の人に渡してある分
- 玄関以外の勝手口や物置の分
これを全部数えて、「誰が何本持っているか」を一覧にしておきましょう。ヘルパーや配食サービスに渡してあった鍵は、サービスの終了とともに回収できます。
一覧があれば、後で兄弟・姉妹の間で「鍵は誰が持っているのか」と揉めずに済みます。鍵を預かると決めたら、その事実も兄弟・姉妹に伝えておくと、後から経緯を確認できます。
郵便受けと外観から留守と分かる印を消す
空き巣や放火は、「人がいない家」を外から見分けて狙います。
一番の印は、郵便受けにたまったチラシです。郵便物の転送手続きをしても、チラシやフリーペーパーは入り続けます。「チラシ投函お断り」の表示をつけるか、管理で通うときに必ず空にしておきましょう。
雨戸や窓を全部閉め切ると、かえって留守が目立ちます。カーテンを少し開けておく、センサーライトを玄関に置く、庭の草を伸ばしっぱなしにしない。この程度の手入れで、外から見た印象は変わります。
近所と自治会に管理者の連絡先を伝える
最後に、両隣と向かい、自治会の役員に「親が施設に入りました。家は私が見ています」と伝え、連絡先を渡しておきましょう。
自治体も、所有者にこれを求めています。静岡市は空き家の管理のポイントとして、次のように案内しています。
ご近所や町内会の方に連絡先を伝えておく。(いざというときに連絡先を知っていれば、ご近所の方も安心します)
伝えておくと、郵便受けのあふれ、台風で飛んだ屋根、道路にはみ出した庭木といった異変を早く知らせてもらえます。伝えていない場合、近所の人は自治体の空き家窓口に通報するしかなく、「管理されていない空き家」として扱われる入口になります。
出典: 静岡市 空き家の管理について
施設に入った親に確認する意向と書類
家は親の財産なので、子が決める前に、親の意思と親しか知らない書類の場所を本人から聞いておくと、後の手続きが止まらずに済みます。
- 実家に戻る意思があるかを施設に慣れる前後で聞く
- 家と土地の名義を登記事項証明書で確かめる
- 権利証・通帳・保険証券・実印の保管場所を聞く
- 判断能力があるうちに家の任せ方を決める
- 兄弟・姉妹と管理の分担と費用の出所を決める
実家に戻る意思があるかを施設に慣れる前後で聞く
子が「どうするか」を決める前に、親が「どうしたいか」を聞くのが順番です。
入居した直後は、「家に帰りたい」と言う親もいます。施設に慣れていないだけの場合も、本当に合わない場合もあります。戻る意思は入居直後に一度、1〜3か月たって生活が落ち着いたころにもう一度、と2回聞いてみてください。
聞き方は「家をどうする?」より、「家のことで気がかりなことはある?」から入ると、親も答えやすくなります。
有料老人ホームで前払金を払っている場合、老人福祉法は、入居した日から一定の期間が過ぎるまでに契約が解除されたときに、前払金から一定の額を引いた額を返す契約を結ぶよう事業者に求めています。この期間は老人福祉法施行規則で「入居後、三月が経過するまでの間」と定められており、いわゆる「90日ルール(短期解約特例)」と呼ばれています。
つまり入居後3か月は、施設が合わなければ戻る選択肢が制度のうえでも残っている期間です。特別養護老人ホームの順番待ちで、一時的に別の施設に入っている場合も同じで、この期間は家を動かさずにおくと、親の戻る場所を守れます。
出典: e-Gov法令検索 老人福祉法 第29条第10項出典: e-Gov法令検索 老人福祉法施行規則 第21条出典: 消費者庁 消費者委員会 有料老人ホームの前払金に係る契約の問題に関する建議
家と土地の名義を登記事項証明書で確かめる
「実家は親のもの」と思っていても、登記を見ると違う場合があります。
よくあるのは、祖父母の名義のままになっているケースです。親が相続したときに登記を変えておらず、登記上の名義人が亡くなった祖父母のままになっています。ほかにも、父と母の共有名義になっている、建物は親名義でも土地は借地、といったケースがあります。
名義が誰かで、後の売却も、保険や水道の名義変更も、相続のときの手続きも変わります。
名義は、法務局で「登記事項証明書」を取れば分かります。所有者でなくても誰でも取れて、手数料は書面で請求すると1通600円、インターネットで請求して郵送してもらうと520円、窓口で受け取ると490円です(2025年4月1日からの額)。
祖父母名義のままなら、早めに相続登記をしておきましょう。2024年4月1日から相続登記は義務になり、相続で不動産を取得したことを知った日から3年以内に登記しないと、10万円以下の過料の対象になります。2024年4月1日より前に相続した分も、2027年3月31日までの登記が必要です。
出典: 法務省 登記手数料について出典: 法務省 相続登記の申請義務化について
権利証・通帳・保険証券・実印の保管場所を聞く
親しか知らない「物の場所」を、本人から聞いておきましょう。
- 権利証(登記識別情報)
- 実印と印鑑登録カード
- 通帳とキャッシュカード
- 生命保険や火災保険の証券
- 年金関係の書類
施設の費用を親の口座から払うにも、火災保険を見直すにも、これらが要ります。
認知症が進んでからでは、本人に聞いても分からなくなります。家中を探すことになり、「通帳が見つからない」「保険に入っていたはずだが証券がない」という状態が、兄弟・姉妹の間の疑いの種になります。
書類を預かるときは、本人の同意を取ったうえで、何を預かったかを兄弟・姉妹に伝えておくと、使い込みを疑われずに済みます。黙って持ち出すと、たとえ善意でも「使い込みではないか」と疑われます。預かった書類の一覧と保管場所を紙に書いて兄弟・姉妹全員で持っておけば、後から誰でも確かめられます。
判断能力があるうちに家の任せ方を決める
家に関する手続きは、親の判断能力の段階によって3つに分かれます。
1つ目は、親に判断能力がある段階です。親本人が売ることも貸すこともでき、子は委任状をもらって代理で手続きを進められます。
2つ目は、判断能力が下がってからです。成年後見制度を使うことになり、後見人が親の家を売る・貸す・取り壊すには家庭裁判所の許可が必要です。
裁判所は、親が今は施設に入っていて住んでいなくても、入所前に住んでいた家を「居住用不動産」として扱うと説明しています。
家庭裁判所の許可を得ないで処分をした場合、その処分は無効となります。
3つ目は、その中間として、元気なうちに将来の任せ方を決めておく方法です。任意後見契約や家族信託がこれにあたり、どちらも親に判断能力があるうちだけ結べます。
制度の中身を調べるのは後でも、「親と相談する」ことだけは初動に入れておきましょう。「いつか考える」のまま判断能力が下がると、選べる方法が成年後見だけに絞られます。
兄弟・姉妹と管理の分担と費用の出所を決める
兄弟・姉妹がいるなら、初動の段階で3つを決めて、文字で残しておきましょう。
- 誰が鍵と通帳を持つか
- 月1回の管理に誰が通うか、通えないなら誰が委託先を手配するか
- 費用をどこから出すか
家の管理にかかる費用は親の家のための支出なので、親の口座から出せます。ただし、誰が立て替えたか、何に使ったかを記録しておかないと、相続のときに「自分のために使ったのではないか」と言われます。領収書を取っておき、月ごとに一覧にしておけば、この揉めごとは防げます。
空いた実家の契約と郵便の手続き
実家の契約は、「全部解約して0円にする」より、残す契約と止める契約に仕分けると無駄なく整います。
仕分けは次の4つです。
| 仕分け | 対象 |
|---|---|
| 残す | 電気、水道 |
| 止める | ガス、使わない定期契約 |
| 空き家向けに変える | 火災保険 |
| 届け先を変える | 郵便、固定資産税の納税通知 |
この中で即日やりたいのは火災保険の通知です。あとは最初の1〜2週間で順番に済ませられます。
電気は解約せず契約アンペアを最小に下げる
電気は残しておきましょう。
管理で通ったときの照明や掃除機、玄関のセンサーライト、冬の給湯器の凍結防止ヒーターは、電気があって動きます。完全に解約すると、再開するときに申し込みと立ち会いの手間がかかり、その間は真っ暗な家の中で作業することになります。
残したうえで、契約アンペアを下げてみてください。多くの電気料金プランでは基本料金が契約アンペアで決まるので、使わないなら最小に近い契約に下げれば、毎月の基本料金が下がります。変更は電力会社に電話かインターネットで申し込めて、金額は契約している電力会社の料金表で確かめられます。
電気を残すなら、ブレーカーは落とさず、使わない部屋のコンセントだけ抜いておけば十分です。待機電力は、下げた後の基本料金に比べれば小さな額です。
ガスは閉栓を依頼して基本料金を止める
ガスは止めましょう。
誰も住まない家でガスを使う場面はなく、基本料金だけがかかり続けます。ガス会社に使用停止を申し込むと、メーターのところで閉栓され、基本料金が止まります。
立ち会いの要否や費用はガス会社ごとに違うので、申し込みのときに確かめてみてください。親が戻ることになったときや、売却前に給湯器を動かして確かめたいときは、再開を申し込めば済みます。
ガス給湯器を使っていた家では、閉栓したあとに給湯器の水抜きをしておくと、冬の凍結破裂を防げます。やり方は給湯器の取扱説明書に載っています。
水道は通水のために残すか休止届を出すかを決める
水道は、電気と違って「残す」と「休止する」のどちらにも理由があるので、通える頻度で決めましょう。
休止の届出を出さないと、水を使わなくても基本料金がかかります。東京都水道局は、長期間留守にするときの中止届について次のように案内しています。
お届出がないと、水道を使っていなくても基本料金がかかりますので御注意ください。
名称や手数料の有無は自治体ごとに違うので、実家のある市町村の水道局で確かめてみてください。
ただし、休止すると水が出なくなるので「通水」ができなくなります。排水口の下には、下水の臭いが上がらないように水をためておく「トラップ」があり、長く水を流さないとこの水が減っていきます。水が減ると、下水の臭いと害虫が家の中に上がってきます。
それを防ぐために、月に1回以上、各蛇口から数分間水を流す通水が必要です。
決め方は2つに分かれます。月1回通える、または管理を頼める人がいるなら、水道は残して通水する。長期間誰も行かないなら、休止届を出して基本料金を止め、そのかわり排水口にふたをして臭いを抑える。
どちらを選んでも、「使わないのに基本料金を払い続けていた」という無駄は避けられます。
出典: 東京都水道局 くらしと水道 各種手続・お問合せ等出典: ALSOK 空き家管理は自分でできる?放置リスクや管理方法、管理サービスの活用について
火災保険は空き家になったと保険会社に通知する
契約の手続きの中で、一番急ぐのが火災保険の通知です。
「黙っていれば保険料は安いまま」と考えたくなるところですが、ここが最も危ないところです。
保険会社は、もともと住んでいた家が空き家になったら、その時点で申告するよう求めています。損害保険会社のSOMPOダイレクトは、空き家は事務所や店舗と同じ「住宅以外の建物(一般物件)」として扱われるケースが多く、そのままにしておくと契約違反とみなされる可能性があると案内しています。
もともと居住していた住宅が空き家になった場合、そのままにしておくと契約違反とみなされる可能性があります。居住状況が変わった時点で保険会社に必ず申告しましょう
知らせないまま火事が起きると、契約違反を理由に保険金の支払いで不利になる恐れがあります。保険料を抑えた結果、家が燃えたときに保険が使えない、というのが最悪の形です。
申告すると、空き家は火災や倒壊の危険が高いと判断されるため、保険料は住宅より高くなる傾向にあります。老朽化が進んだ家では、引き受けや更新を断られる例もあります。
それでも、補償を絞れば保険料は抑えられます。
- 家財の補償を外す(誰も住んでいないため)
- 水災や盗難の補償を外す
- 火災・風災と、瓦が飛んで隣家を傷つけたときの賠償責任に絞る
共済は空き家を対象外にしている例があり、その場合は損害保険会社の空き家向け商品を探すことになります。
やることは1つです。入居が決まったら、保険証券を手元に置いて保険会社か代理店に電話し、「親が施設に入り、家に誰も住まなくなった」と伝えておきましょう。これだけで、最悪の形は避けられます。
郵便は転居届と納税通知の送付先変更で子の手元に集める
実家には、親宛ての郵便が届き続けます。
年金や介護保険の通知、固定資産税の納税通知書、保険会社や銀行からの手紙。誰も見ない状態が続くと、払うべきものを払い忘れ、知らない契約の存在にも気づけないままになります。
郵便は、日本郵便の転居届で転送できます。転送先は、施設と子の住所の2つから選べます。
施設宛てにすると、請求書や納税通知が親の手元で止まり、親が処理できなければそのままになります。子の住所宛てにするほうが扱いやすい一方、親宛ての郵便を子が開けることになるので、本人の了解を取っておきましょう。
転送期間と手続きは、日本郵便が次のように案内しています。
- 転送期間は届出日から1年間(転送開始希望日からではない)
- 期間が過ぎると差出人に返されるので、続けるときは再度転居届を出す
- 手続きは郵便局の窓口、ポスト投函、インターネットの「e転居」の3つ
- 窓口では転居する本人の本人確認書類が必要
- 登録までは3〜7営業日
親が窓口に行けないときは、本人確認書類の写しを添えてポスト投函するか、e転居で申し込めます。クレジットカードや銀行の一部の郵便は「転送不要」で送られるため、各社に住所変更を届け出ておくと届きます。
固定資産税の納税通知書は、転送に頼らず市町村の税務担当に直接届け出ておくと、転送が切れても届きます。東京都の都税事務所には「固定資産税・都市計画税納税通知書送付先変更届」があり、送付先だけを子の住所に変えられます。納税の手続きを子が代わりに行うなら、「納税管理人申告書」で届け出られます。
口座振替になっていれば、引き落とし口座の残高が足りているかも確かめておきましょう。
出典: 日本郵便 転居・転送サービス出典: 東京都主税局 固定資産税・都市計画税(申請様式)
住民票を施設に移すかは介護保険の住所地特例を前提に決める
「住民票を施設に移すべきか」は、よく迷うところです。
税の特例のために移す・移さないを決める必要はなく、施設の求めと郵便の受け取りやすさで決められます。
まず介護保険です。介護保険は住民票のある市町村が保険者になるのが原則ですが、特別養護老人ホームや介護老人保健施設、有料老人ホーム、軽費老人ホーム、養護老人ホームのような「住所地特例」の対象施設に入るために別の市町村へ住所を移した場合は、移す前の市町村が引き続き保険者になります。
つまり、対象施設なら住民票を移しても、介護保険の扱いはそのままです。対象の施設であるかは、施設か市町村の介護保険の窓口で確かめられます。
次に税の特例です。3,000万円の控除や小規模宅地等の特例は、住民票がどこにあるかではなく、実際にその家に住んでいたか、入所後に貸していないか、で判定されます。住民票を動かしても動かさなくても、特例の条件はこの2点のままです。
残るのは日々の受け取りです。施設が住民票の移動を求めるか、健康保険証やマイナンバーカードの通知を施設で受け取りたいか。この2点で決めてみてください。
出典: 厚生労働省 住所地特例について出典: 名古屋市 住所地特例の届出
新聞・固定電話・ネット回線などの定期契約を洗い出す
最後に、毎月引き落とされている契約を洗い出しましょう。
親が一人で暮らしていた家には、子が知らない契約が残っています。
- 新聞
- NHKの受信料
- 固定電話
- インターネット回線
- 生協の宅配
- 浄水器やウォーターサーバーのレンタル
- クレジットカードの年会費
これらは郵便と同じで、誰も気づかないまま払い続けやすい契約です。
探し方は、親の通帳の引き落とし明細を3〜6か月分さかのぼることです。毎月同じ金額が引かれていれば、それが定期契約で、会社名で検索すれば何の契約かはだいたい分かります。親の了解を取ったうえで、使わないものから順に解約していくと、月々の支出が減ります。
空いた実家を維持する管理方法
管理の目的は、親が戻れる状態を保つこと、売るか貸すか決めるまで家の価値を落とさないこと、近所に迷惑をかけないことの3つです。
この3つが守れていれば、管理は最低限で済みます。
- 月1回の通水・換気・点検を基本にする
- 通えないときは売却と切り離した管理委託先を選ぶ
- 管理の費用は親の財産から出して記録を残す
- 管理不全空家の勧告を受けない状態を保つ
月1回の通水・換気・点検を基本にする
管理の基本は月1回の訪問です。
警備会社のALSOKも、空き家の管理頻度は最低でも月1回を目安とし、換気と通水は毎月欠かさず行うよう勧めています。1回の訪問でやることは、順番を決めておくと30分から1時間で終わります。
| 順番 | 作業 | 見るところ |
|---|---|---|
| 1 | 通水 | 台所・洗面所・風呂・トイレの各排水口に数分ずつ水を流す |
| 2 | 換気 | 窓を開けて30分ほど風を通し、クローゼットや靴箱の扉も開ける |
| 3 | 点検 | 天井や壁のシミ(雨漏り)、窓際の羽アリの羽(シロアリ)、床の黒い粒(ネズミ) |
| 4 | 外まわり | 庭木のはみ出し、雑草、郵便受けの中身 |
通水のあとに全部の蛇口を閉めて水道メーターを見ると、回っていれば漏水と分かります。この順で見ていけば、家の異変は早いうちに見つかります。
出典: ALSOK 空き家管理は自分でできる?放置リスクや管理方法、管理サービスの活用について
通えないときは売却と切り離した管理委託先を選ぶ
遠方に住んでいて月1回が続かないなら、早めに委託しておきましょう。
委託先を選ぶときに知っておきたいのが、不動産会社の「無料の空き家管理」の仕組みです。多くは、その会社に売却を任せる媒介契約を結ぶことが条件になっています。売る前提がまだないなら、無料という言葉に乗らず、管理だけを頼めるサービスを選ぶと後で動きやすくなります。
管理だけのサービスは、月1回の巡回と通水・換気、写真付きの報告をセットにした月額制が多く、料金は事業者の案内で確かめられます。もっと安く済ませたいなら、市町村のシルバー人材センターが空き家の見回りを請け負っている場合があります。自治体の空き家担当の窓口に聞くと、地域の管理事業者やシルバー人材センターを紹介してもらえます。
管理の費用は親の財産から出して記録を残す
管理サービスの料金、電気と水道の基本料金、火災保険料、庭木の手入れ代は、親の口座から出せます。
親の家のための支出なので、子が自分の財布から出す必要はないといえます。
ただし、記録を残すことが条件です。何にいくら使ったかの一覧と領収書を保管し、兄弟・姉妹に見せられる状態にしておきましょう。
相続のときに、兄弟・姉妹から「親の口座から何に使ったのか」と聞かれて答えられないと、正当な支出でも疑いを持たれます。月ごとの一覧を作る手間は小さく、その手間で守れる信頼は大きいといえます。
管理不全空家の勧告を受けない状態を保つ
「空き家にすると固定資産税が6倍になる」という話は、半分正しく、半分は誤解です。
住宅が建っている土地には「住宅用地特例」があり、200㎡以下の部分は固定資産税の課税標準が6分の1に減額されています。この特例は、人が住んでいることではなく、住宅が建っていることで決まります。親が施設に入って空き家になっただけなら、特例はそのまま続きます。
特例が外れるのは、2023年12月13日に施行された改正空家法で、市区町村から「管理不全空家」または「特定空家」として勧告を受けたときです。管理不全空家とは、放っておくと倒壊の危険がある特定空家になりそうな空き家で、国土交通省は窓が割れた家をその例に挙げています。勧告を受けると、その敷地の住宅用地特例が解除され、土地の固定資産税が上がります。
なお「6倍」は、土地の課税標準が6分の1に減額されていた部分についての話です。家屋の分も合わせた納税額が丸ごと6倍になる、という意味とは違います。
2023年12月の改正前は、勧告で特例が外れるのは倒壊の危険がある「特定空家」だけでした。改正で、その手前の「管理不全空家」も勧告と特例解除の対象に加わっています。
結局のところ、月1回の管理を続けていれば、勧告を受ける状態にはなりにくいといえます。固定資産税を守るためにやることは、特別なことより、普通の管理を続けることです。
出典: 国土交通省 空家等対策の推進に関する特別措置法関連情報出典: 国土交通省住宅局 空き家対策推進のための郵便事業との連携拡大について(総務省掲載資料)
売却や片付けを急がない理由
急ぐのは売却ではなく、親の判断能力があるうちに「家をどう任せるか」を決める準備です。
この2つを混ぜると、判断を誤りやすくなります。
- 家は親の財産で処分には親の意思が要る
- 入居直後は施設を退去して戻る可能性が残る
- 不動産会社の無料査定は売却営業の入口になる
- 片付けは親と一緒に貴重品と書類から始める
家は親の財産で処分には親の意思が要る
当たり前のようでいて、初動で忘れられやすいのがこの点です。
実家は親の財産で、売る・捨てるを決める権利は親にあります。親に判断能力があるうちは、売るか売らないかを決めるのは親本人です。子は委任状をもらって手続きを代わりにできますが、決める人は親です。
判断能力が下がったあとは、成年後見人が家庭裁判所の許可を得て初めて処分できます。
つまり、どの段階でも「子が勝手に決める」余地はない仕組みです。兄弟・姉妹の一人が急いで売ろうとして、ほかの兄弟・姉妹が「親の意向を聞いていない」と止める揉め方は、この順番を飛ばしたときに起きます。
入居直後は施設を退去して戻る可能性が残る
入居した直後は、親が戻ってくる可能性がまだ残っています。
有料老人ホームの短期解約特例では、入居から3か月以内の解約で前払金の大部分が返り、施設が合わなければ戻る選択肢が制度のうえでも用意されています。食事や人間関係が合わずに別の施設へ移る、特別養護老人ホームの順番が来るまでの仮の入居だった、というケースもよくあります。
この期間に家を売ったり家財を処分したりすると、戻る場所がなくなります。親にとって「帰れる家がある」と思えることは、施設での生活に慣れるための支えにもなります。少なくとも3か月、できれば半年は、家をそのままにしておいても困る場面はほとんどないといえます。
出典: e-Gov法令検索 老人福祉法 第29条第10項出典: e-Gov法令検索 老人福祉法施行規則 第21条
不動産会社の無料査定は売却営業の入口になる
実家が空くと、不動産会社や買取業者からの郵便やチラシが増えます。
「無料査定」「空き家の買取相談」といった文言です。無料査定は不動産会社にとって集客の手段で、査定のあとには媒介契約(売却を任せる契約)の営業が続きます。
これは不動産会社が悪いのではなく、それが不動産会社の仕事だからです。ただ、まだ売ると決めていない段階で受けると、営業に判断を引っ張られやすくなります。
査定は、相場を知る目的で使うなら役に立ちます。売る・貸す・残すを比べるときに、いくらで売れそうかは必要な材料です。
その場合は、査定を受けても媒介契約はすぐに結ばない、と決めてから依頼してみてください。買取業者の提示額は市場で売るより低くなるのが普通なので、急いで現金化する事情がない限り、初動で受ける必要はないといえます。
片付けは親と一緒に貴重品と書類から始める
空いた家を見ると片付けたくなりますが、ここも急がないほうがよい理由があります。
親にとって家の中のものは、まだ「自分の持ち物」です。遺品整理とは別の作業だと意識しておくと、手を止めるべきところが見えます。
片付けるなら、順番を決めましょう。
- 貴重品と書類(権利証・通帳・保険証券・実印、年金や介護保険の書類)
- 写真のアルバムなど、親が残したいもの
- 家具・衣類・食器のような量の多いもの
1と2は、親と一緒に、または親に場所を聞きながら探し、安全な場所に移しておくと失わずに済みます。3は後回しで構わず、腐るものと火事の元だけ片づけておけば、家はそのままで保てます。
初動の段階で押さえる税の期限と条件
税の計算や申告のやり方より、「いつまでに」と「何をしないか」の2つを知っておくと、取り返しのつかない選択を避けられます。
どちらも、施設に入った日から時計が回り始めます。
- 親が売る場合の3,000万円控除は住まなくなって3年目の年末まで
- 貸したり他人を住まわせたりすると相続時の特例が外れる
- 要介護認定の有無が相続時の特例の条件になる
親が売る場合の3,000万円控除は住まなくなって3年目の年末まで
親が自分の家を売ると売った利益に税金がかかりますが、自分が住んでいた家なら利益から最高3,000万円を差し引ける特別控除があります。
この控除には期限があります。国税庁は、以前住んでいた家を売る場合の条件を次のように示しています。
住まなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売ること
たとえば2026年10月に施設へ入ったなら、2029年12月31日までです。
知っておきたいのは、この時計が「施設に入った日」から回り始める点です。入居が決まった時点で、3年の期限はもう動いています。
この控除は親自身が売る場合のものなので、親の判断能力が要ります。3年目が近づいたときに判断能力が下がっていれば、成年後見の手続きが挟まり、期限を過ぎる例もあります。
売ることを急ぐ必要はなくても、「売る可能性があるなら、いつまでに決めるか」は兄弟・姉妹で決めておくと、期限を見失わずに済みます。
出典: 国税庁 タックスアンサー No.3302 居住用財産を譲渡した場合の3,000万円の特別控除の特例
貸したり他人を住まわせたりすると相続時の特例が外れる
施設の費用の足しに空いた家を貸そうかと考えるのは自然ですが、貸した時点で、相続のときに使えるはずだった2つの特例が外れます。
| 特例 | 内容 | 貸すとどうなるか |
|---|---|---|
| 相続した空き家を売ったときの3,000万円控除 | 相続後に売った利益から最高3,000万円を差し引ける | 入所後に貸した家は対象外 |
| 小規模宅地等の特例 | 親が住んでいた土地330㎡までの相続税評価額が80%減 | 貸付事業用の扱いになり減額が50%に下がる |
1つ目の控除は、親が老人ホームに入っていた場合でも使えます。ただし入所から相続開始まで、その家が親の物の保管などに使われ続けていて、事業や貸付や他人の居住に使われていないことが条件です。
2つ目の特例も、親が老人ホームに入っていた場合に使えます。国税庁は除外される場合を次のように示しています。
被相続人の居住の用に供されなくなった後に、事業の用または新たに被相続人等以外の人の居住の用に供された場合を除きます
家賃収入は月に数万円でも、相続時の評価額の差は数百万円になる場合があります。不動産会社も税理士も、聞かれなければこの点をわざわざ言いません。貸すことを考えるときは、「相続のときにどうなるか」を先に確かめてみてください。
出典: 国税庁 タックスアンサー No.3306 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例出典: 国税庁 タックスアンサー No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)
要介護認定の有無が相続時の特例の条件になる
2つの特例には、もう1つ共通の条件があります。
親が「要介護認定」または「要支援認定」を受けていることです。小規模宅地等の特例は、介護保険法の要介護認定か要支援認定を受けていた親が、特別養護老人ホームや有料老人ホームなどの施設に入っていたことを条件にしています。相続した空き家の3,000万円控除も、「要介護認定等を受けて老人ホーム等に入所する」ことが条件で、認定を受けたうえでの入所が前提です。
問題になるのは、認定を受けないまま施設に入っている場合です。自立型の有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅に、元気なうちに入ったケースがこれにあたります。
相続した空き家の3,000万円控除は認定を受けて入所したことを見るため、入所後に認定を受けても条件を満たせない恐れがあります。小規模宅地等の特例で認定をいつの時点で見るかは、相続開始の時点とする扱いが一般的に説明されていますが、個別の判定は税理士に確かめてみてください。
親がまだ要介護認定を受けていないなら、施設のケアマネジャーや市町村の窓口に相談して、早めに申請しておきましょう。認定は介護サービスを受けるための制度ですが、相続のときの特例の条件にもなっています。
出典: 国税庁 タックスアンサー No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)出典: 国税庁 タックスアンサー No.3306 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例
まとめ:急ぐのは売却ではなく、火災保険の通知と親への確認
親が施設に入って実家が空いても、家はまだ親の財産で、初動で急ぐのは売ることではなく、火災保険会社への通知と、親の判断能力があるうちに戻る意思・名義・書類の場所を本人から聞いておくことです。
次の一歩は、最初に家へ入る日に、ガスの閉栓と水道の元栓、冷蔵庫や灯油の片づけ、鍵の一覧と近所への連絡先を済ませることです。ここを飛ばすと、火事・水漏れ・空き巣の入口になり、「管理されていない空き家」として扱われる状態が続きます。
その次は、火災保険の証券と登記事項証明書を手元に取り寄せて、保険の区分と登記上の名義人を確かめてみてください。実家と相続の地図帳「つぐーる」では、親の施設入居で空いた実家の初動(安全確保・契約と郵便の手続き・月1回の管理・急がなくてよい判断と税の期限)も含めて、相続や実家について悩むあなたに経験に基づいた情報を提供しています。

